2004年02月21日
サッカーの起源と歴史(2)
昨日の続き。
サッカーが人々の都市生活での儀式、慣習になった例として労働時間の変更が挙げられる。もともと日曜日のみを休みとし、月曜日から土曜日まで人々は働いていた。そして日曜日には教会へ通う。『Holiday』の由来は『Holy day』だそうだ。
しかし、サッカーの試合が行われるようになり、人々は土曜日の午後に仕事をしなくなった。これを『English week』というそうだ。そう、土曜日の午後はフットボールをするか、もしくは観るためにオフになったのだ。
そして、教育制度もまたサッカーの人気が定着する要因となっていた。1870年を境に7歳から12歳までの教育が義務づけられたことで人々の識字率が上がり、これがサッカーの人気を定着させることになったという。つまり、試合やクラブに関する情報を口コミではなく、新聞などのメディアを通して得ることができる人々が増えたということだ。
国際試合もこの時期に初めて行われた。世界初の国際試合はイングランド対スコットランドで、他国間で行われる以前に14試合もこのカードが行われた。結果はイングランドの0勝4分10敗。当時はスコットランドに優れた選手が非常に多く、圧倒的に強かったという。イングランドがフォワード9人、中盤1人にキーパーという極めて偏ったフォーメーションで戦っていたのに対し、スコットランドはグラウンド内にバランス良く選手を配置し、パスを主体としたサッカーを展開していた。
ちなみにリヴァプールが1901年に初めて国内リーグを制した時の選手は全てスコットランド出身だったそうだ。イングランドの中北部にビッククラブが存在することがこの歴史を物語っていると思う。