回想記 - Vol. 3
2月に入り、アルゼンチン遠征に出発した。
どうして遠征先がアルゼンチンだったのか。それは当時の外国人選手とコーチングスタッフがアルゼンチン人であり、現地にしっかりとしたパイプがあったからだろう。この前年には、大卒の新人が二人(二宮、河野)がアルゼンチンとウルグアイに留学している。私もこの年の春から1年間アルゼンチンへ留学することになっていた。
アルゼンチンは日本から見ると地球の裏側に位置する。何回か飛行機を乗り継ぎ、丸一日以上かかって、ようやくたどり着いたのは真夏の国だった。
試合が目的の遠征だから、それほど練習量は多くなかったが、新人である私は試合にあまり出場しなかったので、練習もみっちりとやらされた。しかも、暑さの厳しい昼間に。控え組であるから、大抵6、7人でのトレーニングである。この人数での練習が体力的に一番きつい。
暑さと練習のハードさに負けないために、あまりおいしいとも感じない食事を無理矢理食べていた。食事で記憶に残っているのは、出てくるステーキが草履のように大きく、あまり柔らかくなかったこと。それから食後のデザートがメインディッシュと同じくらいのボリュームだったこと。とても食べきれず、ほとんど残していた。
試合で強く印象に残っているのは、アルゼンチンのプレイヤーの目つきだった。彼らの目つきは殺意さえ感じるほどの鋭さであった。私はほとんどプレイさせてもらえず、徹底的にやられた。あとで聞いた話だと、相手チームには来月の契約さえ定かでない選手も含まれていたということだった。それに対し、あの時の私はプロの試合を経験することが目的であった。これでは技術や体力の問題以前に勝てるわけがない。
このことが、アルゼンチン遠征で私が得た一番の収穫である。プロというもの、サッカーをして給料を稼ぐということの意味を思い知らされた。
あと、思い出すのは、試合開始時間が異常に遅く、夜の9時や10時のキックオフだった。試合終了と同時に子供たちがグラウンドに入ってきて、スパイクやユニフォームをねだってきたこと。大雨の中、バスが何かに乗り上げて動かなくなり、みんなでバスを押したこと。昼間、買い物に出かけたら、店が全部閉まっていたこと。同部屋の本吉さんが非常にやさしかったこと。
きつい遠征だったが、あのような海外での経験は間違いなく選手にはプラスに働く。各年代の代表選手が国内ではできない経験をして力をつけていくのも、アウェーという厳しい環境で真剣勝負をくぐり抜けていくからである。選手として、自分にはそういった厳しい経験が全く欠けていたと思う。