コーチの志 - Vol. 2

イングランド育成事情(U-9〜U-16)

ホームスタジアム近くに位置するトランメア下部組織練習場イングランドの下部組織にはアカデミーとスクール・オブ・エクセレンスと呼ばれる2つのシステムがある。現在アカデミーに39チーム、スクールオブエクセレンスには53チームが所属している。

両者の大きな違いを一言で言えば、チームが育成にかける予算の違いである。というのも、予算が多ければ多いほど、それだけ良い施設、一流のスタッフ、そして、選手が集まるということであり、その中で、より高いレベルで競争させることにより、エリートを育成しようという目的がある。レベルが高いチーム同士が試合することによってレベルの均衡を図り、切磋琢磨させるというわけである。つまり、アカデミーはアカデミー同士、エクセレンスはスクール・オブ・エクセレンス同士、高校は高校同士でしか対戦しない。

これは当時のFA・テクニカル・ディレクターであったハワード・ウイルキンソンが南米と欧州の下部組織を参考にまとめあげた下部組織のあり方について書かれた指導書(『Charter for Quality』という本に記載されている)に基づいたシステムである。つまり、その指導書に従い、FAの定める一定の基準を満たしていない限り、プロチームの下部組織といえども、アカデミーもしくはスクール・オブ・エクセレンスには登録ができないということである。

中でも、アカデミーを持つための基準は非常に厳しく、室内練習場などの施設保持や、福祉職員やドクターといった専門職のフルタイムスタッフの採用などが細かく義務付けられている。その他にも、12歳以下の選手は家から1時間半以内で練習グラウンドに通えるチームに所属することや、契約もU-9からU-12までは4月からの1年契約、U-13-15までは2年契約を結ぶことができるなど、詳細な規定がある。

スクール・オブ・エクセレンスにカテゴライズされているトランメア下部組織のスタッフについていえば、ディレクター、各カテゴリーに2人のコーチ、下部組織全体のGKコーチ、スカウト3人とアドミニストレーションといったところだ。下部組織の運営資金がクラブ本体から出ているのは当然だが、それ以外にも政府、FA、プレミアリーグフットボールリーグなどから各クラブの下部組織に配当される13万8000ポンド(約2760万円)の育成用資金がある。チームによっては、トップチームとは別のスポンサーをつけて、さらに資金を得ているクラブもあるようだ。

表現方法こそ違えど、父兄の熱心さは同じトランメアと一般的な日本のクラブとの大きな違いは、下部組織まで全てがきっちりと組織化され、クラブの哲学や育成目的から選手の契約事項や怪我への対応、父兄または関係者の応援の仕方といったかなり細かい部分までが全て明文化されていること。その詳細は契約時に父兄に配られるので、クラブは選手および父兄と友好な関係を保つことができる。

また、賛否両論なのだが、FAの規定により、16歳以下のカテゴリーにおける正式なリーグ、また大会などは存在しない。これはあくまで育成を目的とし、勝利至上主義に陥ることを避けるためと考えられる。トランメアの場合、主にスクール・オブ・エクセレンスに所属する近隣のチームでシーズンの始まる8月から翌年5月までチームのディレクターが他チームと連絡を取り合い、年間の試合日程を組む。トランメアのU-9〜U-16チームは主に日曜日に試合を行うのだが、偶数年チーム(U-16・14・12・10・8)がホームで試合を行う場合、奇数年チーム(U-15・13・11・9)はアウェイの試合に臨むといった具合である。

だいたいプレストンカーディフ・シティウェスト・ブロムなどと、ホームアンドアウェイ形式で年間36試合(選手達の怪我を防ぐために、年齢によって年間の試合数も決まっている)を目安に2試合ずつ行う。稲本選手が移籍して話題になったウェスト・ブロム以外、日本ではなじみの薄いチームだと思われるが、どのチームもイングランド・フットボール・リーグに所属するプロチームの下部組織だ。リヴァプールには、プレミアリーグに所属するリヴァプールエヴァトンがあるが、FA・ユースカップは除いて、アカデミーとスクール・オブ・エクセレンスは試合を行ってはいけない規定があり、ユース育成に多額の資金を費やすリヴァプールのアカデミーとは残念ながら試合ができない。

試合形式に関していえば、副審もおらず、レフリーが一人でオフサイドまでカバーしなければならないのだが、監督と父兄も判定に対する抗議はあまりせず、勝つことよりもパフォーマンスを重視する。そのため、選手が良いプレイをした時には相手の監督や父兄も含め、みんなで褒めることもある。30分のゲーム4回を一試合の単位としており、選手交代は自由で、交替した選手も何度もピッチに戻ることができるという育成を重視した非常にフレキシブルなルールである。U-9からU-11は8対8の試合で、それ以上の年齢になると11対11のフルコートを使っての試合となる。

トランメアの下部組織もトップチームとは別にフルコートが5面とれる天然芝のグラウンドと狭いながらも室内の練習場を所有している。施設面に関しては、イングランドのクラブは非常に恵まれていると思う。一度、大学の授業の一環でブラックバーンのアカデミーを訪れたのだが、このチームの下部組織への力の入れようはすごかった。

新しく作られたというアカデミー専用の施設には、8面以上取れると思われる手入れの行き届いた天然芝のグラウンドがあり、特にフルコートサイズのFIFA公認人工芝の室内練習場は圧巻だった。当然、ジム、リハビリルーム、医務室、リハビリ用プール、遊戯室、食堂なども完備しており、実際にトップチームのグラウンドよりも施設が整っているということだった。視察に訪れた日も、怪我をしているトップチーム所属の選手達が下部組織のトレーニンググラウンドにリハビリに来ていた。彼ら曰く、ブラックバーンなどのチームは他チームに比べ、資金力も人気もないので、多額のお金を費やして選手を他から連れてくるのではなく、自前の選手を育ててトップチームに輩出していくことがプレミアリーグで戦っていく条件なのだそうだ。

これをエヴァトンに当てはめてみるとわかりやすい。彼らは自分達のアカデミーシステムで育てたルーニーをトップチームにまで押し上げ、最終的にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍させたことで50億円近くを得た。つまり、多額の資金を下部組織に費やしたとしても優秀な人材を輩出できれば、自給自足によるトップチームの戦力補強のみならず、クラブ全体の運営資金さえも稼ぎ出すことが可能ということだ。ルーニーのケースはごく稀だとしても、やはりクラブの将来を考えるのであれば、下部組織の重要性を再認識すべきである。


志垣 良(しがき りょう)志垣 良(しがき りょう)

1980年5月9日生まれ、福岡県出身。小学校1年からサッカーを始め、東福岡高校卒業後、渡英。

現在、リヴァプール・ジョン・ムーアズ大学でサッカー科学を専攻するかたわら、トランメア・ローヴァーズ下部組織とマンU・サッカースクールでコーチを務める。

FAコーチングライセンスおよびFAインターナショナルライセンス保持。

連絡先: ryo32@hotmail.co.uk