コーチの志 - Vol. 3

サッカー文化

FAの心理学カンファレンスにて、FA心理学者アンディー・カール氏とある新聞の記事に"We don't just love football. We live with it"という言葉が載っていた。直訳すると"我々はただサッカーが好きなのではない。サッカーは生活の一部なのだ!"ということになる。そう、"サッカー=人生"という公式は、必ずしもプロサッカー選手だけに当てはまるわけではない。しかし、日本ではまだその要素が強いのではないだろうか?というのも、プロ選手になれなかったプレイヤーはサッカー自体を諦めてしまう傾向が強いと感じる。つまり、日本のサッカーはまだ本当に文化として根付いていないのでは、と疑問に思う事がしばしばある。

大学の授業の一環で、身体者障害者サッカーを見学に行ったのだが、大人から子供まで、またレベルや障害の重さにかかわらず皆が大いにサッカーを楽しんでいる光景を見て非常に驚き、感動したのを覚えている。日本でも身体障害者のサッカーがあるのは知っていたが、ここでは、みんなが大変身近に、そして様々なレベルに合わせて、上はイングランド代表、マージー州選抜、エヴァトンFCのエリートレベルから、下は小学生までのプログラムが組まれて毎週練習をしていた。一度、小学生レベルの身体障害者サッカーの練習に参加したのだが、どの子供も障害をものともせずにプレイしており、非常に微笑ましい光景であった。

また別の機会にエヴァトンのアカデミーの試合を見に行ったのだが、そこにはなんと15歳くらいの少年がレフェリー用のユニフォームを着て、副審をやっていた。知人にこの事を尋ねると、やはり彼はプロのレフェリーを目指しているようだった。正直な話、まだ少年なんだから、「同じ年代の子供達と一緒にボールを蹴ろうよ」と言ってしまいそうだが、それは彼がサッカーをすること以上にレフェリーの楽しみ方、またレフェリーとしての将来性を見出しているからかもしれない。日本の少年でレフェリーになりたい、またはプロのレフェリーを目指しているということはあまり聞いたことがない。選手(プレーをする)=サッカーというのではなく、ここでは様々な分野において"サッカー"が浸透しているのではないかと思う。

そして、サッカーへの取り組みという点で一番興味があったのが、大学の授業にゲストレクチャラーとして講義をしてくれた、セルティックのスポーツ科学者とプレミアリーグレフェリー専用のスポーツサイエンスサポートの話である。前者はスコットランドの強豪セルティックでスポーツ科学者としてトップチームからアカデミーまで全ての選手を科学的な面からサポートされている方で、後者はプレミアリーグのレフリーの体調、パフォーマンス管理を担当するスポーツ科学者の方であった。

二人の話に共通していた部分は、選手・レフェリーがベストパフォーマンスを出せるように、彼らの体調を精密に分析し、科学的なプログラムに基づいてトレーニングを作成している点だ。FAが提供する分野別のコース(GKコーチ、心理学、フィットネス、トレーナー等)を見てもわかるのだが、英国は本当にサッカー選手に必要とされる4原則(心理面、体調・体力面、サポート・環境面、技術・戦術面)をサポートする機関が非常に整っている。そして、その機関をチーム単位で所持していることがすごい。

さらに付け加えて言えば、先日FAの主催するDeveloping mental fitness(選手へのメンタル的な部分のサポート)のカンファレンスで、現在ミドルスブラ専属の心理学者としてチームを支えるビル・ベスウィック氏の話を聞くことができた。彼は、スティーブ・マクラレン氏(現ミドルスブラ監督兼イングランド代表ヘッドコーチ)と共に長年働いており、練習および試合時に選手からコーチングスタッフに至るまで心理的な面でサポートしているそうだ(実際の彼の仕事はまた別の機会に書きたいと思う)。

ボルトン練習場また、先月26日にはボルトンのアカデミーを視察してきたのだが、ここも驚くほどユース年代のサポートがしっかりしていた。ユース専属のスタッフだけを見ても、監督、コーチ、GKコーチ、フィットネスコーチ、フィジオ、心理学者、キットマン、教育・生活サポート、試合分析係(アカデミーの選手達は、ビデオ室のPCを使って自分達の試合を自由に見ることができる)と実に充実している。

ブラックバーンリヴァプールの様にアカデミー専用の施設は所有していないものの、トップチームと共有のグラウンドには必要なものは全て整っており、素晴らしいのは、いつも隣のグラウンドで一軍の選手たちが練習している事だ。実際、見学した日も、試合を翌日に控えたトップチームのスタメン選手を相手に試合を行っていた。オコチャ、イエロ、カンポ、ディウフなど、世界レベルの選手達を相手に練習する事は将来きっと素晴らしい財産になるに違いない。

事実、ボルトンやミドルスブラは、ここ最近着実に力を付けている。それは、きっと多かれ少なかれ選手をサポートするための環境の整備が実を結んできたために違いない(ミドルスブラに至っては驚く事に選手の体調管理とリサーチ用の実験室が練習場にあるそうだ)。

本当にここでのサッカーへの取り組みは、プロ、アマを問わずに非常に素晴らしいと思う。サッカーが本当に生活の一部となっている。これが歴史がもたらす財産なのだろうか!?日本が今後目指していくべき手本の一部があるのではないかと思う。

ちなみにこれは余談だが、英国人は非常に場の雰囲気を作るのがうまいと思う。先日のカンファレンス会場の至るところでFAのロゴを目にしたのが印象的であり、どのチームのクラブハウス、スタジアム内の部屋に入ってもクラブのロゴで絨毯等を飾り付けしてある。昨夏のマンUのサッカースクールにしても、トレーニングキャンプは赤一色で固められていた。コース内容を充実させるのはいうまでもないが、プラスアルファーでこういった演出も大切だと思う。


志垣 良(しがき りょう)志垣 良(しがき りょう)

1980年5月9日生まれ、福岡県出身。小学校1年からサッカーを始め、東福岡高校卒業後、渡英。

現在、リヴァプール・ジョン・ムーアズ大学でサッカー科学を専攻するかたわら、トランメア・ローヴァーズ下部組織とマンU・サッカースクールでコーチを務める。

FAコーチングライセンスおよびFAインターナショナルライセンス保持。

連絡先: ryo32@hotmail.co.uk