西野努 執筆コラム一覧
ゲストコラム一覧
- G-JAMPS日記 from Bonn
: ドイツW杯期間中、 ボンのJFAプレスセンターで働くうまごえ尚子の日記 - 蹴るメディア : 元雑誌編集者でFIMBA修了生、ロンドン在住のうまごえ尚子の英国メディアコラム
- コーチの志 : イングランドのプロチーム下部組織でコーチを務める、志垣良のコラム
- FIMBA通信号外 : FIMBA修了生の藤原兼蔵による04/05年度のレポート
- FIMBA卒業生の声 : フットボール・インダストリーズ・MBA卒業生のインタビュー
- MAN IN BLACK : 日本人初FAナショナルリスト審判員、山内宏志のコラム
G-JAMPS日記 from Bonn - Vol.31
2006年6月23日
G−JAMPSは日本代表と運命を共にしています。ということは、今日が最後の日です。約束どおり、12時には閉館。撤去作業が始まります。毎日書いていたスコアボードの前に立つ事ももうありません。
寂しいものですね。わずか1ヶ月とは言え、毎日お会いしていたメディアの方々ともう会えなくなるという現実に直面すると、寂しさがつのります。「またどこかで」「次は南アフリカかな?」「日本でもロンドンでもいいから飲もうね」。「おつかれさまでした」「ありがとうございました」「お世話になりました」言葉はつきません。
そして夜にはスタッフとボランティア全員のお別れ会。同じ釜の飯を食うという言葉がありますが、その通りですね。いつのまにかみんな一体になっています。正直言っていろいろありました。わたしはオフィシャルのIDカードをいただいていましたが、ボランティアと同じ身分です。仕事をこなすうえで、問題は多々ありました。そしてボランティアの方々は現代っ子。理解しがたい面もありました。それでも、この
一ヶ月はすばらしかったと言えます。わたしにとってこの一ヶ月はなんだったのか。
G−JAMPSとはなんだったのか。しばらく答えは出ないでしょう。時間をかけて考えてみたいと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。ロンドンに戻ったら、パソコンを直し、もう一度写真をアップすることにトライしてみます。そしてG−JAMPS後記もいつか書きたいと思います。
次は南アフリカでお会いしましょう。
G-JAMPS日記 from Bonn - Vol.30
2006年6月22日
朝からの来館者も2時を過ぎるとぱったりと途絶えました。今日の試合はボンから電車で約1時間ちょっとのドルトムント。みなさん早めに出かけられたのでしょうか。午後も3時を過ぎるとぱったりと来館者が絶えてしまいました。
嬉しかったのは、日本からの懐かしい友人の来館です。T夫妻との短時間のおしゃべりは、疲れを吹き飛ばしてくれました。なにしろ数ヶ月前のフットサルの試合でじん帯を損傷し、松葉杖をついてのドイツ入り。いまさらながら、彼のサッカー狂いと、それを支える奥様のやさしさに打たれます。ひとしきり話した後は、やっぱり話題は明日の試合。ひたすらに、ひたすらに、いい試合をしてほしいと祈るのみです。そして午後からは、日本のサムライブルーパークから届くメッセージカードをボードに貼る作業にいそしみます。
そしていよいよ9時からはブラジル戦。大勢の日本&各国サポーターの方々とテレビ前に陣取り、応援します。そして。。。。。。
深い脱力感とむなしさと悲しさに打ちのめされました。あー、終わった。そう思いました。ワールドカップはまた続きます。でも、わたしたちにとってのワールドカップは終わった同然でした。
イングランドのサッカーの歴史は150年余。まだまだです。でも、わずか10数年でJリーグをここまで発展させた日本です。できないはずはありません。試行錯誤は続くでしょうし、困難も山ほどあるでしょう。でも、いつかかならず日本代表が表彰台に上る日が来る、それをこの目で見たい。強く強く思います。JFAの百年構想のお手伝いをマジでやりたい。そうこころの底から思った一日でした。
G-JAMPS日記 from Bonn - Vol.29
2006年6月21日
昨日の2500余人には及ばないとはいえ、今日も2000人以上の方がご来館くださった一日でした。今日の特徴は団体で訪れる方々の多さです。大型バスがひっきりなしに到着します。昨日は個人で行動されるサポーターの方々が多かったのですが、今日はほとんどが団体の方々。うまく表現できないのですが、そこには歴然と「温度差」があります。強いて言えば、団体行動をされる方は、依存性が強いと言えるのかもしれません。G−JAMPSではブルーフラッグをお配りしているのですが、相対的に、団体でいらした方ほどフラッグを受け取る際の「無言率」が高いのです。これっていったい何なのでしょう。「コレ」と単語だけを発する人。無言でフラッグを持っていかれる方、もっと頂戴とおっしゃる方。日本人って「ポライト」じゃなかったの? と感じることがとても多いのです。これは「悲しい現実」です。もちろん、「ありがとうね」「お疲れ様」とねぎらってくださる方も多いです。その一言で救われる。言葉の重みを実に実に感じます。そしてそれをいつのまにか「忘れてしまった日本人」に危機感を覚えてしまうのです。
西洋社会は「言葉で表現する世界」です。「あうんの呼吸」で対応する日本とは異なります。文化の違いが「壁」と作っているとしたら、こんなに悲しくて無駄なことがあるでしょうか。 21世紀はそれまでとは違うステップを踏むことを祈るのみです。
スポーツと音楽と芸術に言葉は要らないといいます。サッカーが世界の人を結び、このG−JAMPSがボンの人々と日本を結ぶきっかけになってくれたら、こんなに嬉しいことはないでしょう。
G-JAMPS日記 from Bonn - Vol.28
2006年6月20日
信じられないほどに忙しい一日でした。そしてPCがクラッシュしてしまい、まったく日記が書けない状況でした。ここ数ヶ月、状態がおかしかったのですが、ついにクラッシュ。やっと友人のPCをお借りして書いています。クロアチア戦後、想像はしていましたが、予定以上の来館者でした。ニュルンベルグからは遠いのですが、試合後、ボンまで足を延ばしていただけたようです。その数一日にして約2500人。こういうときに限って、ボランティアさんが少なく、汗だくで目が回るほどの忙しさでした。
開館の9時前からサポーターの方々が訪れます。いつもはボランティアさんとスタッフによる朝礼が9時前に行われるのですが、それ以前に大勢の方が来館。まずはそこからがスタートでした。時間がたつごとに、その数は増えます。そして3時には1時間遅れでジーコが。その20分後にはキャプテンが。そして5時前には妃殿下がG−JAMPSにいらしてくださいました。正直言って、ジーコと妃殿下のご来館時には、人払いをしなくてはならなかったので、大勢のサポーターの方々にご配慮をお願いしなければなりませんでした。はるばる遠方からいらしていただいたのに、ほとんどの方々が気持ちよく御協力くださり、感謝に耐えません。ジーコの滞在は短時間でしたが、これだけ大勢の人が日本代表とジーコに期待している事実や状況をどれだけ感じてもらえたのでしょうか。次の試合に好影響を及ぼすことを、ひたすら祈ります。
そして今日の最大の出来事は妃殿下の御来館でした。先日の試合のときに、サッカーボールのイヤリングをされておられ、そのチャーミングさにみんながすでに魅了されています。ご来館時にも、きさくにスタッフやボランティアお声をかけてくださり、みんなが感動。G−JAMPSのブースもひとつひとつ丁寧にご覧になり、メッセージも書いてくださいました。そして最後にはボランティアやスタッフとの記念撮影。誰もが嬉しくて嬉しくて、今までの苦労を忘れた瞬間でした。
しかし、そんな素敵な出来事があった反面、残念な出来事もありました。あまりの忙しさに、ボランティアやスタッフがお昼をとりにサムライブルーバーを訪れた1時過ぎ、なんと食事が底をついていたのです。育ち盛りの学生さんたちに気の毒で、パンを買ってきてもらいその場をしのぎます。そして今日は試合前なので、ノルドパークでの日本代表の練習は6時から。ミックスゾーンでの取材の仕事を終え、G−
JAMPSにみんながおなかをすかせてもどったのは9時前なのに、またもや「忙しかったし、予定以上にお客様がいらしたから」という理由で、オーダーが終了していたのです。ラストオーダーは9時半なのです。これにはさすがに日頃は優しいボランティアさんも立腹。一番腹を立てたのは、実はわたしでした。ボタンティアの方々にとって、忙しい仕事の後の食事は、唯一の楽しみなのです。それを一日に二度も奪われたときの怒りを想像してください。
確かにドイツの当たり前が日本の当たり前と異なることは理解できます。しかし、一日に2回も食事ができない。それをどういう「正当な理由」で納得させられるというのでしょうか。こんなにたくさんの人が来るとは思わなかったと担当者は言いましたが、プロとしての甘さを感じました。アマチュアであるボランティアの方々と、プロであるべき人との「温度差」。いったいプロとアマチュアとを区別する基準は何なの
でしょう? 仕事へ真摯さがひとつの基準であるとしたら、襟を正してほしいと「マジで」思った一日でした。